Monumento

  忍藩大矢知陣屋(想像図)解説

2021-05-02

タグ: 三重県 四日市市

案内板

  忍藩大矢知陣屋(想像図)解説
  (現・大矢知興譲小学校)
大矢知は、江戸時代終り頃まで桑名藩の領地でしたが、文政六年(1823年)
藩主の松平忠堯に突然、幕府より武蔵国の忍(現在の埼玉県行田市)へ国替えを
命じられました。しかし武蔵国の忍藩では桑名藩(10万石)より石高が少なく
不足分を補うため元桑名藩領であった北勢四郡の内七十二ヶ村(松寺・蒔田・
西富田を除く)・四万三千石が忍藩領となりました。この時、交通の要衝であった
大矢知に陣屋(役所)を置いて支配しました。忍藩士の郡代を中心にして代官が
郡代を補佐する体制で治められていました。
天保十三年(1842年)に一時幕府領となりましたが、嘉永七年(1854年)
七月に再び忍藩領となりました。
明治三年(1870年)に忍藩は、藩士のために興譲堂を開設、しかしその翌々年
暴動で焼失、明治十三年(1880年)興譲学校として再建され現在に至って
います。
  大矢知地区まちづくり構想推進委員会
  大矢知歴史研究会
  四日市市大矢知地区市民センター

テキスト化

2021-05-04 20:56 (440)
my_maita

コメント・周辺画像

my_maita 14日

武蔵国忍藩大矢知陣屋跡

あしあと

0 footprints lefted here.

埋め込みタグ

案内板まとめ

周辺の案内板

my_maita (2021/05/02)
タグ: 三重県 四日市市
my_maita (2021/05/02)
タグ: 三重県 四日市市
kawa_sanpo (2016/10/29)
タグ: ocr-generated 三重県 四日市市
kawa_sanpo (2016/10/29)
タグ: ocr-generated 三重県 四日市市