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ocr-generated 明戸 古墳 石 杉

kawa_sanpo

2015/04/26

タグ: ocr-generated 千葉県 市川市

案内板

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ocr-generated 明戸 古墳 石 杉
明戸古墳は、全長四十mの前方後円墳です。周辺からは埴輪が採集され、埴輪から
六世紀後葉に造られたことがわかります。二基の石棺は板石を組み合わせた結式で相
で、後円部墳頂近くに造られ、今でもその位置を保っています。かつての写真から石
指のと思われる板石は、里見公園にある「夜泣き石」の台座になっていますw村
は黒雲母片麻岩で、筑波石と呼ばれるものです。石材は筑波山麓から切り出され、直
ヶ浦・手賀沼・江戸川の水運を利用して運ばれたものと思われます。
この二基の石棺は、天保七(一八六)年に発行された「江戸名所図会』に至細
ニ座。同所にあり。寺僧伝へ云ふ、古墳ニ況の中、北によるものを、里見越前守忠弘
・みつひろ
の息男、同姓長九郎弘次といへる人の墓なりといふ。ーツはその土詳ならず。或はK
ふ、里見義弘の舎弟正木内膳の石棺なりと。中古土崩れたりとて、今はる格の形地上
にあらはる。その頃櫃の中より平喜太刀の類および全銀の鈴・陣太鼓、その余土偶人
等を得たりとて、今その一二を存して総寧寺に収蔵せり。核ずるに、上世の人の暴な
るべし。里見長九郎及び正木内膳の暴とするは何れもなるべし。」と書かれ、図も
描かれています。『江戸名所図会』によって十九世紀にすでに本格があらわれていた
ことがわかるばかりか、失われた出土資料を知ることができます。
昭和57(1982)年の考古博物館による
測量図
「I戸名所図会」に相れた国府台
江戸川
平成十六年三月

川市教育委員会

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