ocr-generated 鶴峯八幡神社
社伝によると、鎌倉時代に源頼朝もしくは二代将軍
源頼家が、鎌倉の鶴岡八幡宮の神主高橋氏をもって創建
させ、のち天福二年(一二三四)下総国一の宮である香取
神宮もまつって、八幡と香取の相殿にしたといい、中世
には栗橋方面にまで勢力をもった有力な神社であった。
「もとの名を上伊坂八幡宮と称し、上伊坂の地にあった
が、江戸時代初期に、中田と上伊坂の村民によって、宿
場町としての中田宿が現在の利根川橋下の河川敷に造成
されたおり、その東方の古墳上にまつられ、長くこの地
の守護神であった。さらに大正元年(一九ーニ)利根川の
改修工事による中田の町並みの移転にともなって、現在
地に移座した。
宝物には鎌倉時代に書写されたとする市指定文化財の
法華経がある。さらに、永禄七年(一五六四)の紀年銘
を持ち水海城主桑田氏寄進と伝えられる鰐口があったが、
残念ながら現存していない。また少なくとも享保年間
(一七一六~三六)には、近郷近在の神官によって奉納さ
れていたと伝えられる太々神楽が市の無形民俗文化財に
指定されている。
平成十九年一月
古河市教育委員会