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ocr-generated 本村神社 味噌天神宮の由来

hamanobakeneko

2015/12/27

タグ: ocr-generated 熊本県 熊本市

案内板

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ocr-generated 本村神社 味噌天神宮の由来
味噌天神宮は、奈良時代の七三年(和銅六年)元明天皇の
御世に建立されました。
肥後の初代国司道君首名(みちのきみのおびとな)のとき悪友が
流行して多数の死者が続出し、人々は悩み苦しみました。
そこで国司は疫病平癒祈願のために、現在地に神薬の神と
して御祖天神を祭祀されましたら、まもなく疫病はおさまっ
たと伝えられています。
七二年(天平十三年)、聖武天皇の勅令により諸国に国分寺が置か
れました。肥後国分寺は、現在の熊本市出水町に建てられ寺
の僧侶や信徒は朝夕の食事によく味噌を用いました。その
味噌倉は現在地大江本町)の近くにありました。
ある年に、多量の味噌が腐敗し、困り果てた僧侶達は「御祖
天神に祈願いたしましたところ、神のお告げに境内にある小笹を
取り味噌桶の中に立てよ」との思し召しであったので、その通りに
してみると不思議にも実に美味な味噌に変わりました。
人々は大喜びし、ますます信仰をたかめ、日本国中唯一の
味噌の神として味噌天神の愛称で、広く全国に伝えられ
ました。
学説では、天神の御衣を納めた御衣天神」であろうと
されています。
その後平安時代になってから、学問の神・菅原道真公も
祭神として合祀されました。
一九四五年(昭和二十年)七月1日、熊本大空襲で戦災に遭い
当宮は全焼しましたが、一九五七年(昭和三十二年)六月に再建
されて今日に至っております。
十月二十五日か例祭日となっています。
0每年十月二十日大祭日
宮総代

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2018-03-28 12:54 (0)
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