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ocr-generated 大山史前学研究所の由来と意義

hanacoco

2017/02/22

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ocr-generated 大山史前学研究所の由来と意義
大山
柏(1889~1969)
大山史前学研究所の所員
平野 東
池上啓介
竹下次作
大山史前学研究所は1929年(昭和4)に公語 大山 柏によって
設立された私設の考古学研究所である。大山は1923年(大正12)
にドイツに留学し、ベルリン大学で史前学を学び、帰国後邸内
に私財を投じて大山史前学研究所を開設した。その母体は邸内
に開設されていた史前研究室である。さらに史前学会を組織し
て日本の新石器時代を中心とした学術雑誌「史前学雑誌」を刊
行するとともに100ヶ所以上の縄文時代の遺跡を調査し、その
成果を次々に学界に発表した。
「大山らの発掘した主な遺跡には青森県是川遺跡・宮城県沼津
貝塚・茨城県 広海貝塚・上高津貝塚・千葉県加曽利貝塚・遠部台
遺跡・埼玉県真福寺貝塚・神奈川県子母ロ貝塚・勝坂遺跡などが
ある。
研究所には甲野勇、宮坂光次、池上啓介、竹下次作、大給尹
らの所員がおり、研究所の発掘調査や報告書の作成と史前学
会の活動を支えた。1943年(昭和18)には貴族院議員であった
大山 柏も北海道根室・室蘭守備隊に出征し、研究所は閉鎖状態
となり、1945年(昭和20)5月25日の空裂によって多くの貴重な
文献や資料は邸宅や研究所とともに焼失した。
しかし、戦前の皇国史観による歴史学への弾圧が続くなかで、
大山 柏の研究は純粋な科学的精神によって貫徹され、かつ今
日の旧石器時代、縄文時代の研究においても重要なものが多く、
日本考古学の歴史のなかに占める意義はきわめて大きいもの
がある。
2001年8月20日 文学博士 阿部 芳郎
の歌
説教うみう
大給 更
神奈川県勝坂遺跡出土土器
研究所蔵 欧州旧石器

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