Monumento

ocr-generated 中央区民文化財

2017/09/20

タグ: ocr-generated 東京都 中央区

案内板

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ocr-generated 中央区民文化財
いち こく はし
「石橋の親柱
所在地 八重洲一丁目十一番先
皇居外堀と日本橋川が分岐する地点に架橋された一石橋の歴史は古く、
江戸初期の「武州豊島郡江戸庄図」にすでに木橋として見えています。当
時は西河岸町と北鞘町とを結ぶ橋で、橋名の由来としては、北橋詰近くの
本両替町に幕府金座御用の後藤庄三郎、南橋詰近くの呉服町には、幕府御
用呉服所の後藤縫殿助の屋敷があり、後藤をもじって五斗、五斗+五斗
で一石と名付けたと「江戸砂子」に見え、日本橋地区と神田地区を結ぶ橋
として重要でした。
木橋としては最後となった明治六年(一八七三)の一石橋は長さ十四
間、幅三間の橋でした。大正十一年(一九二二)に東京市道路局によって
鉄骨コンクリート花崗岩張りのモ
ダンな橋となり、堂々とした親柱四
基をすえた白亜の橋となったので
す。関東大震災にも落橋せず、その
後も交通上の重要な橋として使わ
れてきました。平成九年には大正十一
年の橋本体は全て撤去されました
が、威風堂々とした花崗岩の親柱
基は残され、当時の姿をしのばせて
います。
平成十四年に中央区民文化財に
登録されました。
昭和初期頃の一石橋
平成十五年三月
中央区教育委員会

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2018-03-27 23:56 (0)
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