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hanacoco

2017/10/29

タグ: ocr-generated 東京都 文京区

案内板

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済生学舎と野口英世
湯島一丁目7
済生学舎は、医学者長谷川泰(1842~1919)が「済生」(広く民衆の病苦を済う)の理念のもと、医術開業試験の
予備教育を目的として、明治9年(1876)4月9日に現本郷二丁目5の地に創設された。明治12年学舎は火災により焼失
したが、仮校舎の時期を経た後、明治15年長谷川泰の自宅を含めたここ東京ガーデンパレスの地に済生学舎は
再建された。
「志を得ざれば、再び此の地をふまず」と野口英世が医学の志をたて故郷会津を後にしたのは明治29年(1896)
9月、英世19歳の時であった。上京して現湯島一丁目10あたりに下宿し、早くも10月に内務省医術開業試験前期に
合格した。
その後、港区伊皿子にあった高山歯科医学院の学僕となった。明治29年11月医術開業試験後期準備のために
済生学舎に入学、下宿先を旧本郷区にあった大成館に移した。明治30年秋の後期試験に打診法の実技が含まれて
いたため、英世は東京帝国大学の外科教授近藤次繁博士により左手の手術を受けている。晴れて医術開業試験
後期に合格した英世は、11月湯島の順天堂医院に入り、同医院医事研究会主事を嘱託された。その後、北里柴三郎
博士の伝染病研究所や横浜検疫所勤務を経てアメリカへと旅立った。
文京は、野口英世が世界に雄飛する原点の地である。
郷土愛をはぐくむ文化財
文京区 教 育 委員会
平成17年3月

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2018-03-27 23:08 (0)
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