Monumento

tenma さん

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  • 2018/05/25 22:47
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芭蕉句碑と化月坊  寛政六年(# 1794)二月、垂井町岩手生まれの化月坊(本名国井義睦・通称喜忠太)は、旗本竹中氏の家臣であった。文武両道にすぐれ、晩年は俳諧の道に精進した。安政四年(# 1857)獅子門 (翁の高弟各務支考を...

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  • 2018/05/25 21:55
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常盤御前の墓  都一の美女と言われ、十六歳で義朝 の愛妾となった常盤御前。義朝が平治 の乱で敗退すると、敵将清盛の威嚇で 常盤は今若乙若牛若 の三児と別れ 一時期は清盛の愛妾にもなります。  伝説では、東国...

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  • 2018/05/24 23:16
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旅籠  亀丸屋  亀丸屋西村家は、垂井宿の旅 籠屋として、二百年ほど続き、 今なお、当時の姿を残して営業 している貴重な旅館である。  安永六年(# 1777)に建て られた間口五間・奥行六.五間 の母屋と離れに上段...

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  • 2018/05/24 23:05
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六部地蔵 六部とは「六十六部 」の略で、全国の社寺などを巡礼して、旅をしながら修業している「人」ということで、厨子を背負って読経しつつ行脚中の行者が「宝歴十一年頃」(# 1761年)この地で亡くなられられたので里人が祠を建てお祀...

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  • 2018/05/24 22:48
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常盤地藏  平安末期、此処山中村で起きた常盤御前の不 幸な出来事は、涙なしには語れない。常盤は、 「義経がそのうちきっとこの道を通って都に上 る筈、その折には是非道端から見守ってやりた い。」と、宿の主人に形見の品を手渡し...

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