Monumento

yuraichan さん

投稿済みテキスト(211239)

県立東高根森林公園

影向寺  当寺は、天台宗に属しています。縁起によれば、天平十一年(七三九)光明皇后 がご病気のおり、聖武天皇 は夢告で武蔵国橘樹郡橘郷、すなわちこの地に霊石のあることを知り、早速、当時の高僧行基 を使わし祈願させたところ霊験...

かながわの 公園50選 東高根森林公園

ふるさとの森 東高根 県立東高根森林公園 総合案内図  この公園は、多摩丘陵 の東部、川崎市のほぼ中央に位置し、南北2つの台地と2つの谷戸を持つ丘陵地形の中に、シラカシ林やクヌギ・コナラ林などの樹林地、水田、湿生植...

Hanamizuki (Flowering dogwood) In 1915, several Hanamizuki were presented to Tokyo by U.S.A. in return for "Sakura...

ハナミズキ  大正元年(1912)、東京市長尾崎行雄 氏(咢堂)がワシントンにサクラを3000本贈った。その返礼として、大正4年(1915)、ハナミズキ(白花種)40本が東京市に届いた。そのうちの2本が本校に植えられている。

朝善寺への石の道標 山田の朝善寺 は日蓮宗の名僧日朝上人 の開いた寺です。 その日朝上人は眼病平癒の守本尊となられ、遠方から参詣する人が多く、ここに石の道標がつくられました。 伊東市観光課

妙善寺 親鸞 の弟子、正円 が鎌倉時代伊勢国(三重県)に草庵をたてたのが、妙善寺のはじめとつたえられている。江戸初期八丁堀に、その後築地に移ったが関東大震災で焼失、昭和二年現在地に再建した。本尊、阿弥陀如来。寺内に為永春...

繭乾燥倉  この繭乾燥倉は、町田地蔵の農業が養蚕一色に染めあげられていた大正末期か昭和の初期に、町田市下小山田町大久保台・薄井孝吉氏宅の庭先に建てられたものである。  繭は生繭で売られてきましたが、養蚕農家が「糸取り」をして...

④白川県立病院・白川医術講議所跡  明治4年(1871)8月、白川県(明治2年~4年)は、県立病院と医術講議所 を白川宿本陣の芳賀源左衛門 宅の一部に開業した。病院長に大学東校(後の東京大学医学部)の教授横川正臣、旧白川...

旧二条城  永禄12年(1569年)に織田信長が、第15代将軍・足利義昭 の将軍座所(居城)として、この石碑を中心に、約390メートル四方の敷地にほぼ70日間の短期間で、二重の堀や三重の「天主」を備えた堅固な城を築いた。周辺...

お伊勢の森  区立杉森中学校からお伊勢の森児童遊園にかけての一帯です。  阿佐谷北一―二五(JR中央線、阿佐ヶ谷駅北側)にある阿佐谷天祖神社 の旧社地です。  『江戸名所図会』には、十二代景行天皇四十四年に日本武尊が蝦夷...

三鈷の松 弘法大師空海上人 が唐から帰朝する時三鈷を「密教有縁の地に行きて我を待つべし」と天高く投げられました。帰朝後、高野山 で松の枝に留まっていた三鈷を発見し高野山を伽藍建立の場所に定めたとされています。落ち葉を持ってい...

西六郷公園タイヤ公園)  西六郷公園は1969(昭和44)年3月に開園した。古タイヤを埋め込み仕切られた大小2つの円形広場、古タイヤを利用し、怪獣、ロボット、ロケットなどを模るモニュメントや遊具、自由な用途で遊べる古タイヤが置...

奥津宮  多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)をお祀りしています。多紀理比賣命は、三姉妹の一番上の姉神で、安らかに海を守る神様といわれています。相模湾を臨む岩屋に一番近い奥津宮は、昔は、本宮または御旅所(おたびしょ)と称され、社殿...

区登録有形文化財 柴又用水 の碑 所 在 地 葛飾区柴又三丁目30番24号 登録年月日 平成2年(1990)3月19日  根府川石の不整形板石碑で、明治6年(1873)銘の訓導(旧制小学校教員)橘田春湖による銘文が...

塩硝蔵地跡  現在、明治大学和泉校舎および本願寺派築地別院和田堀廟所となっているこの付近は、江戸幕府の塩硝蔵(鉄砲弾薬等の貯蔵庫)として使用された跡です。  当初は、多摩郡上石原宿(現調布市)にあったと伝えられ、宝暦年中(一...

内藤町けやき公園 のけやき  この公園にあるけやきは、幹の直径が1m以上もある区内でも有名な大木です。  この木は、昭和51年に新宿区みどりの文化財(保護樹木)に指定され、長い間、この木の所有者が大切に世話をしてきました。...

六間堀跡 所在 新大橋三ー十八~常盤一ー十九  六間堀 は、深川村開拓当初、小名木川堅川 を結ぶ水路として開けたようです。名称は、川幅が六間(約一〇・八m)あったところから付けられたもので、地元にとって重要な河...

仙気稲荷神社砂村せんき稲荷跡) 由来  この付近には以前砂村稲荷神社があり、文化・文政(1804~29)の頃から疝気の病(おもに下腹痛)に霊験のある「砂村の疝気稲荷」として栄えました。  昭和42年(1967)千...